ケーシー高峰亡くなる!闘病中だった、医療漫談のわけとは?

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ひとつの時代を築き上げた芸人のケーシー高峰さんが、2019年4月8日、肺気腫のため亡くなりました。85歳でした。白衣と聴診器と黒板を使用して、医学用語と下ネタをからませる独特なスタイルの漫談でした。テレビをつけるといつも映っていました。

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漫談のケーシー高峰なくなる前の闘病生活

ケーシー高峰さんは、若いころからの愛煙家で、以前から、肺を患っていたという。昨年2018

年9月から、仕事を調整して、自宅療養に入っていました。

昨年2018年4月ごろ、「肺気腫」と診断され、3週間ほど入院され、9月ごろから、仕事を調整

しながら療養をつづけていました。

この1か月前に入院し、治療にあたっていました。

4月8日(月) 午前6時半ごろ、危篤となり、妻の詠子(えいこ)さん、お弟子さん、事務所のス

タッフに見取られながら、午後3時30分ごろ、福島県いわき市内の病院で亡くなりました。

最後の仕事は、昨年2018年9月に収録した「お笑い演芸館+」の番組(BS朝日)でした。

ほかの「病」は、肺気腫以外に、腰痛があり、2003年に腰部脊柱管狭窄症と診断されました。

また、2005年には、舌ガンを発見され手術を受けています。

葬儀・告別式は、近親者のみで執り行うそうです。喪主は、妻の詠子さん。

[肺気腫]

肺胞の組織がこわれ、酸素と二酸化炭素の交換ができなくなり、肺のなかの空気を押し出せなくなる病気。原因は、喫煙が一番とみられていますが、喫煙をしなくても発症することがあります。症状としては、せきや息切れです。治療方法は、薬と酸素の吸入と禁煙・適度な運動です。肺胞は、一度こわれるともとには戻れませんので、治療で進行を抑えながら症状を改善することしかできません。

漫談のケーシー高峰亡くなる、生い立ち

ケーシー高峰さんは、父は商社マン、母は、古くから続く代々の医師家系に生まれました。

当時では当然ながら、家業を継ぎます。そのため、日大の医学部へと進みます。

しかし、大学に入るや否や、ジャズやラジオに没頭する日々、あげくに芸術学部へと転部して

しまいます。

転職だったのか、在学知友からジャズクラブなどで頭角をあらわし、大学卒業の時は、すでに

芸の道を決めていました。

その後、漫才師「リーガル天才・秀才」に弟子入りを果たして漫才コンビ「大空はるか・かな

た」の誕生となります。

漫才コンビ解散後は、独特の芸風を作り出しました。

そうです。あのスタイルです。白衣・聴診器・黒板と下ネタのケーシー高峰の誕生です。

これが大当たりで大ブレークしました。知らない人はいない。

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ケーシー高峰亡くなる!今判明、医療漫談のわけとは?

ケーシー高峰さんの「生い立ち」のなかで、家業を継ぐために入った医学部を、入学後やめて

しまって芸術学部へ転部、ということがありましたね。

その時、ケーシー高峰さんは、母親に勘当をされたのです。このことをズーッと心の中にわだ

かまりがあって「医者になれなかったけど、白衣を着て親孝行をしたい」との思いで始めたと

いいます。

芸名の「ケーシー」は、「ベン・ケーシー」ことアメリカドラマの脳外科医の名前から

「高峰」は、少年時代にひとめぼれした女優の高峰秀子さんから採ったものなのです。

いかがですか?

ケーシー高峰さんの芸人への道へ入る理由や芸名の付け方にも、天才的なものがありセンスも

抜群だと思いませんか。

ケーシー高峰プロフィール

本名:門脇貞夫(かどわき さだお)1934年2月25日生まれ(85歳)、174cm、AB型、

山形県最上郡最上町出身。日本大学医学部、日本大学芸術学部、医学博士(日本大学)

俳優としても活躍しました。

漫談のケーシー高峰亡くなる!闘病中だった?のまとめ

ご冥福をお祈りいたします。

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